日本のスーパー業界で今、熱い話題がネットスーパーです。お米や飲料を玄関まで運んでくれる便利なサービスですが、実は「赤字」や「撤退」といった言葉も聞かれます。
市場は伸びているのに(図1)なぜ企業は赤字や撤退になってしまうのか?
なぜネットスーパーは利益を出しにくい事業なのか?
利益を出しにくい事業であるにも関わらず企業はなぜ投資を続けるのか?
その裏側にある「採算の壁」と、企業の生存戦略を分かりやすく解説します。
図1
※データ出典:経済産業省「電子商取引に関する市場調査」(2014–2024年、食品・飲料・酒類分野)を基に筆者作成。
あなたの荷物はどこから?2つの配送モデル
ネットスーパーは商品をどこから持ってくるか、やり方が大きく2つのタイプに分かれます。この違いが、サービスの質やコストを決めます。
1. 店舗型 vs. 倉庫型
日本では店舗型、倉庫型のタイプに大きく分かれます。
①店舗型:今あるお店の店舗から商品を集めて配送
今あるお店を拠点に配送するため初期投資は抑えやすく低コストで始められます
しかし店舗スタッフが兼任したりするため負担が大きく、注文件数に応じて配送・人件費が増加し効率に限界がああります
お客様としては「いつもの店の安心感」がある一方、店頭で売れてしまうことによって欠品しやすい場面もあります
例)ライフネットスーパー、ヤオコーネットスーパー、従来のイオンネットスーパー

②センター型(倉庫型):ネット専用の巨大倉庫から配送
初期投資(倉庫設備、冷蔵・冷凍設備、搬送装置、IT管理システムなど)が超高額だが、ロボット導入や自動化によるオペレーションで長期的に人件費を抑えられます。
大規模化・効率化によるコスト低減余地が大きく需要が広がることで効率化が図れます。しかしその一方で広大な面積による固定費、維持費の負担もあるため注文件数・配送効率がうまく機能しなければ赤字へとつながってしまいます
倉庫で数日~数十日の在庫を持つため欠品が無く「欲しいものが買える」
例)イオンのGreen Beans(グリーンビーンズ)、Amazonフレッシュ
ブログ用に筆者が作成したイメージ図(※公式ロゴではありません)
ネットスーパーは物流コスト・配送コストが収支のカギを握るため、この部分をどう効率化できるかが成否を分ける
倉庫型の方が初期投資・固定費負担は大きく、参入障壁が高い
店舗型の方が入り口としてはハードルが低く、失敗リスクを抑えやすいが注文件数が少ないと配送コスト負担が重くなり赤字になりやすい。
2. 進化するモデル:ハイブリッドとダークストア
- ハイブリッド型: イオンのように、店舗型(全国カバー)と倉庫型(都心部の高効率・高品質)を使い分けて、それぞれの欠点を補い合う形もあります
- イオンネットスーパー + イオンGreen Beans(グリーンビーンズ)
- ライフネットスーパー + Amazonとの提携 など
- ダークストア型: イトーヨーカドー(OniGO連携)などのように、住宅地の近くに小型倉庫を置き、「最短40分〜1時間で届ける」スピード特化型モデルです。
なぜ儲からない?「採算の壁」のメカニズム

ネットスーパーが赤字になりやすい最大の原因は、小売業の低利益率に「配送コスト・物流コスト」が加わることにあります。
利益を食いつぶすコスト構造
- 配送コストが高すぎる: 食品の利益はもともと薄いのに、商品代金に加えて一軒一軒に届ける人件費やガソリン代が上乗せされます。この「配送コスト」が商品の利益を上回ってしまうと、売上が伸びるほど赤字が膨らみます。利益の少ない商品であれば注文件数が増えるごとに負担が増える構造ともなってしまいます
- 固定費のリスク: 倉庫型は初期投資として数百億円規模の費用が掛かります。自動化システムやロボットなどの導入コスト+維持費で巨額の「固定費」が常に発生します。もし計画通りに注文が来なければ、この固定費が重荷となります

- ピッキング(商品準備)の人件費:店舗型の場合売り場から商品を集める作業にスタッフを割く必要があり、倉庫型の場合、倉庫作業員+管理スタッフの人件費が常に発生するため需要が安定しないとこれらの人件費が重荷となります

- 実際、楽天やイトーヨーカドーは巨額の損失につながり赤字を計上しました
企業が挑む解決策
各社は費用を抑えるために「客単価を上げる」「配送効率を高める」「固定費を抑える」という方向で解決策を探っています
1. 採算を改善するための戦略
- ライフ:PB×提携で利益率改善
- オーケー:まとめ買い強制で効率追求
- サンシ:ロッカー活用で再配達ゼロ化
- イオン:ロボット自動化で長期的に固定費回収
- イトーヨーカドー:配送外注でリスク削減
- 楽天:データ資産活用で最適化
👉 それぞれ違う道を選んでいますが、共通しているのは 「いかに配送コストを抑え、利益率を改善するか」 という点です。
なぜ企業は赤字でもネットスーパーを続けるのか?
このようにネットスーパー事業は、配送コストが高すぎて「利益を出しにくい」のが現実です。しかし、企業が投資を止めないのは、現在の赤字が「未来の生存のための投資」だと考えているからです。
この投資は、現在の利益より遥かに重い「顧客の未来」と「市場の支配権」を確保するための、防衛と攻撃を兼ねた戦略なのです。
1. 未来の顧客を「アマゾン」に奪われないための防衛 🛡️
企業が一番恐れているのは、「未来の生活インフラ」を競合他社に完全に奪われることです。
- ニーズは不可逆的: 高齢化、共働き、時短ニーズは今後も確実に増え、「重いものを運んでくれる」サービスは特別なものではなく必須のインフラになります。
- 顧客接点の確保: 今、ネットスーパーに参入しなければ、これらの顧客はAmazonなどの異業種に流出し、二度と戻ってこなくなる可能性が高いです。赤字を出しながらでも、顧客とのデジタルな接点を維持し、将来の市場を死守しなければならないのです。
2. コストを劇的に下げる「技術革新」への賭け ✨
現在の赤字の最大の原因である配送コストは、技術の進化によって必ず下げられると企業は信じています。
- 究極の効率化(固定費の回収): 倉庫型への巨額な投資は、AIやロボットによる人件費ゼロの自動化が目標です。この自動化が完成すれば、配送コストが劇的に下がり、一気に黒字化できる「損益分岐点」に到達できます。
- 変動費の圧縮: AIを使った配送ルートの最適化や、ドローン配送といった技術革新が進めば、高すぎるの変動費も大幅に削減できる見込みがあります。
3. グループ全体の「データ資産」と「効率化」のため 📊
ネットスーパーは、単体の事業として赤字でも、企業グループ全体に利益をもたらす戦略的なツールです。
- 最高のデータ収集ツール: ネットの購買履歴は、「次に何を売るべきか」を教えてくれる最高のデータ資産です。このデータを実店舗の品揃えや販促に活かし、グループ全体の経営効率を上げることができます。
- 資産の有効活用: 店舗型の場合、客足が減った店舗をネットスーパーのピッキング拠点として活用することで、不動産資産を無駄なく使い続けることができます。
したがって、ネットスーパーへの投資は、単に「儲けたい」という話ではなく、「この事業を続けなければ、会社そのものが未来に生き残れない」という、極めて深刻な危機感に基づいているのです。
まとめ
ネットスーパーは「便利さ」と引き換えに高コスト構造を抱える事業です。もともと薄利の食品小売に、配送コストや倉庫投資、人件費といった負担が加わり、売上が伸びても利益が出にくい「採算の壁」が立ちはだかります。
実際に楽天やイトーヨーカドーが赤字から撤退に追い込まれたのもこの構造ゆえです。それでも企業が投資を続けるのは、将来の生活インフラを競合に奪われないため、そして技術革新によって黒字化の可能性があると信じているからです。
ロボットやAIによる効率化、PBや高付加価値商品の強化、配送方法の最適化など、各社は異なる解を模索しています。赤字覚悟の挑戦の裏には、「顧客の未来」と「市場の主導権」を守り抜く強い危機感があります。
私たちが玄関で受け取る荷物には、便利さ以上に企業の生存戦略が詰まっているのです。





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