日本の小売業界における競争の主戦場は、都市生活者の「徒歩圏内の小商圏」へと完全にシフトしました。この新たな戦場で、従来のコンビニエンスストア(CVS)の優位性を脅かし、新たな「覇者」として急成長を遂げているのが、まいばすけっとやトライアルGOに代表される「小型スーパーマーケット(小型SM)」です。
小型SMは、CVSの「近さ」とスーパーマーケット(SM)の「安さ」・「生鮮食品」という強みを融合させ、都市部の消費者ニーズに的確に応えることで成功を収めています。一方、CVSは構造的な弱点を露呈しつつも、自社の強みである「社会インフラ機能」の強化とデジタル技術の活用による効率化で対抗策を打ち出しています。
第1章:小型SMが都市部の「覇者」となった決定的な要因
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出典:セブン&アイ・ホールディングス「新コンセプト店舗『SIPストア』をオープン」プレスリリース(2024年2月27日)
👉 公式プレスリリース(7&i Holdings)出典:ダイヤモンド・チェーンストア社「速報!セブン-イレブンの『SIPストア』ついに開業 写真で見る新コンセプト店の全貌とは」
👉 ダイヤモンド・チェーンストアオンライン
小型SMの成功は、消費者ニーズの変化と、それを実現するための徹底したビジネスモデルの効率化によって支えられています。
1. 「近さ」・「安さ」・「生鮮」の三位一体戦略
小型SMは、CVSとSMのトレードオフの関係(CVS: 近いが高価格・生鮮弱い、SM: 安いが遠い)の隙間を完璧に突きました。
- 最強の「矛」:徒歩圏内の立地と低価格 まいばすけっとは、駅近や住宅街にドミナント戦略(集中出店)を採用し、「買い物時の移動距離の短縮」という現代のニーズに適合しました。 さらに、特売を行わないEDLP(エブリデーロープライス)**戦略で、ナショナルブランド(NB)商品を中心にCVSより1〜2割安い価格を実現し、節約志向の高い消費者の心をつかみました。
- 日常食を支える商品力 CVSが弱い生鮮三品(野菜、肉、魚)を安価に取り揃えることで、単なる「中食(弁当)」需要だけでなく、「自炊・夕食作り」という日常のより中心的なニーズに対応しました。イオングループのプライベートブランド(PB)「トップバリュ」**の活用は、品質と価格の両面での競争力強化に貢献しています。
2. 直営モデルとローコストオペレーション


都市部の高い賃料と人件費を乗り越えるため、小型SMは徹底した効率化モデルを採用しています。
- 直営モデルの優位性 小型SMの多くが直営店を基本としているため、本部が迅速に出店・撤退を決定でき、全店共通のオペレーションを徹底できます。これにより、FC(フランチャイズ)中心のCVSが抱える、オーナー収益を考慮した戦略転換の難しさから解放され、効率最優先の経営が可能です。
- 徹底的なコストカットとシンプル化 店舗の効率を最大化するため、在庫置き場や作業スペースを最小限に抑える「バックヤードレス戦略」を採用。 また、生鮮品の陳列や管理作業を徹底的にマニュアル化することで、専門知識のないパート・アルバイトでも運営可能にし、人件費を最小限に抑える少人数オペレーションを確立しました。
- テクノロジーによる効率化 トライアルGOに代表されるように、AIカメラやセンサーを活用した**「無人決済システム」**を導入。これにより、レジ待ち時間の解消と、人件費の劇的な削減を実現し、競争優位性を高めています。
第2章:コンビニが抱える「構造的な苦戦」の理由
小型SMの躍進は、CVSが長年抱えてきた構造的な弱点を浮き彫りにしています。
1. 「高価格構造」とFCモデルのジレンマ
CVSの最大の問題は、価格競争力の弱さです。
- 価格の構造的な壁 24時間営業、高頻度・小ロットの配送、廃棄ロス、手厚い本部サポートといった高い運営コストが商品価格に転嫁されています。物価高で消費者の節約志向が強まる中、この高価格構造が大きな足かせとなっています。
- FC加盟店収益への配慮 CVSの多くはフランチャイズ形態であり、本部の方針がオーナーの収益(粗利)に直結します。そのため、本部が大胆な低価格戦略や生鮮品の本格導入といった戦略転換を打ち出す際、加盟店の反発や収益減のリスクを考慮する必要があり、そのスピードと柔軟性が妨げられています。
2. 立地の偏りと生鮮品管理の難しさ
CVSの従来の「勝ちパターン」が、ライフスタイルの変化によって「負けパターン」に転じています。
- 立地戦略の裏目 CVSがこれまで収益源としてきたオフィス街や駅前は、在宅勤務や外出自粛の定着により需要が一時的に減退しました。その間に、小型SMは住宅街という新たな主戦場を確立し、需要を奪いました。
- 生鮮品管理の難しさ CVSのサプライチェーンとオペレーションは、賞味期限の短い「中食」(弁当、おにぎりなど)に最適化されています。これに対し、「生鮮」(野菜、肉など)**の本格的な管理・鮮度維持は、従来のCVSのオペレーションや従業員教育の範疇を超えており、小型SMへの転換を難しくしています。
第3章:コンビニエンスストアの生存戦略と新たな挑戦
小型SMの猛攻に対し、CVS各社も自社の強みを活かしつつ、競争領域に踏み込み始めています。
1. 「生鮮」と「融合」による業態の再定義

CVSは、小型SMの優位点である「食」の領域に踏み込み、業態の再定義を試みています。
- 生鮮品目の拡大 ローソン、ファミリーマート、セブン-イレブンは、冷凍食品、カット野菜、丸ごとの青果物といった生鮮品目を大幅に強化し、夕食需要を取り込もうとしています。
- ハイブリッド店舗の実験 セブン-イレブンは、グループのSM機能と融合させた新業態「SIPストア」を実験的に推進。これは、小型SMのように広い売場で生鮮品や総菜を強化した「スーパー型のCVS」という新たなフォーマットの模索です。また、ローソンは「ローソンストア100」で「ちょいスーパー」としての役割を担い、生鮮品を増やしています。
2. DXによる高コスト体質の改善
CVSは、デジタル技術を駆使して高コスト体質の改善に挑んでいます。
- AIによる発注の最適化 ローソンが導入を進める次世代発注システム「AICO」のように、AIが天候や販売実績を基に需要を予測し、発注数を推奨します。これにより、廃棄ロスと販売機会ロスの削減を両立させ、加盟店利益の最大化を目指しています。
- テクノロジー連携 ローソンが三菱商事やKDDIと連携し、AIやDX技術を店舗運営に取り込む「Real×Tech Convenience」を推進するなど、物流やサービスの効率化を図る取り組みが加速しています。
3. 社会インフラとしての機能深化
CVSの揺るぎない最大の強みは、その圧倒的な店舗網による「社会インフラ」としての機能です。
- 多様なサービス提供の維持・強化 公共料金の支払い、ATM、宅配便などのサービスを維持・強化することで、単なる小売店ではなく、「生活に不可欠なサービス拠点」としての地位を確立し、サービスを省略する小型SMとの差別化を図っています。
- 地域密着と課題解決 自治体と連携し、防災機能の強化や高齢者向けの移動支援(オンデマンド交通との連携)など、地域社会が抱える課題の解決に貢献する役割を強化しています。
結論:小売業の垣根が消える「小型便利店」の時代へ
小型SMの成功は、「安さ」と「近さ」という小売業の最も本質的なニーズへの回帰を示しています。これにより、従来の「コンビニ」「スーパー」といった業態の垣根は崩壊し、これらすべてが「小型便利店」という一つのカテゴリーで激しい競争を繰り広げる時代に突入しました。
- 構図:小型SMは「オペレーションの効率性」と「低価格」で先行し、CVSは「DX」と「社会インフラ機能」で追随しています。
- 競争の軸:この競争を制するのは、単なる価格や品揃えではなく、「個人のニーズに最も適した便利さ」を提供できるかどうかにかかっています。高齢化、単身世帯の増加、節約志向という社会背景は、引き続き「近い+安い+生鮮あり」という小型SMに有利に働く要素です。
この競争は、最終的に私たち消費者の利便性をどこまでも高めていくことになるでしょう。



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