スーパーのチラシや店頭で、「特売!」「今だけこの価格!」と書かれた商品を目にすると、ついカゴに入れてしまう人は多いでしょう。卵1パック98円、大根1本半額——思わず目を疑うような破格値は、私たち消費者にとって大きな魅力です。
ですが同時に、こんな疑問を抱いたことはありませんか。
「こんなに安く売って、スーパーは本当に赤字にならないの?」
実は、この「特売品=赤字」というイメージは半分正解で、半分誤解でもあります。特売には、お店側の緻密な経営戦略が隠されており、単なる奉仕ではなく、トータルで利益を確保するための巧妙な仕組みがあるのです。
本記事では、スーパーがなぜ特売を行うのか、どのようにして利益を確保しているのか、そのビジネスモデルを深掘りして解説していきます。
特売品の役割:利益追求ではなく「集客のためのフック」
私たちが目にする特売品は、基本的にそれ自体で大きな利益を上げることを目的とした商品ではありません。では、何のためにあるのか?その答えは明確です。
特売品は集客のための「宣伝材料」としての役割を果たしています。
新聞に折り込まれるチラシや、店舗の入り口に掲げられた看板で最も目立つ特売品は、他店との差別化を図り、消費者を自店へ呼び込むための強力な「フック(釣り針)」なのです。
1. 来店を促す強力なトリガー
特売品に選ばれるのは、誰もが日常的に購入し、かつ価格の相場が消費者にもよく知られている商品です。例えば、卵、牛乳、食パンといった日常的な必需品がこれに当たります。
これらの商品は、専門用語で「ロスリーダー商品」とも呼ばれます。文字通り、赤字(ロス)覚悟で販売することで、客(リーダー)を店内へ誘導する役割を果たすからです。
これらの商品の価格が他店より格段に安いと、「このお店は全体的に安いのではないか」という印象を消費者に与え、来店への強力な動機付けとなります。
特売品が原価ギリギリ、あるいは一時的に赤字覚悟で販売されていたとしても、それは高額な広告宣伝費を投じるよりも費用対効果が高い、戦略的な「投資」として判断されているのです。
2. 在庫調整・鮮度維持の役割
特売の理由には、集客以外にも実務的な側面があります。
賞味期限の近い商品や、天候や仕入れ戦略によって過剰に仕入れてしまった商品をスピーディーに捌くためにも特売は有効です。赤字を避けられなかったとしても、商品を廃棄する「廃棄ロス」を減らす方が、トータルで見れば得策となるケースは少なくありません。特売は、商品の鮮度を保ち、ロスの発生を防ぐための在庫調整の手段でもあるのです。
利益のカラクリ:「ついで買い」戦略が赤字を補う
特売品が赤字にならない最大の理由は、来店した顧客が特売品だけを買って帰るわけではないという行動パターンにあります。
3. 本命は「ついで買い」の商品群
特売品を目当てに来店した顧客は、「せっかくだから他もまとめて買おう」という心理が働き、カゴの中に他の商品も入れていきます。この「ついで買い」される商品こそが、お店が本来の利益を確保するための本命です。
- 特売品以外の通常商品: 例えば卵を赤字で売っても、隣に並ぶお菓子や調味料、総菜などは通常の粗利を確保しています。特売品で一時的に利益を削った分は、顧客が同時に購入する通常価格の商品(日用品、調味料、利益率の高いプライベートブランド商品など)の売上と利益で十分に吸収され、店舗全体として黒字になるよう設計されているのです。
- 関連購買の誘発: スーパーは、この心理を利用した緻密な陳列戦略を取ります。特売の肉の近くに高めのタレやスパイスを、特売のパンの近くに高価格帯のジャムやチーズを置くなど、関連購買を誘発することで客単価の底上げを図ります。
特売品自体が赤字でも、この「ついで買い」で得られる利益が、赤字分を補って余りあるのです。「特売品は赤字かもしれないが、客一人当たりの合計の購入額(客単価)で考えれば、十分に利益が出る」という構造こそが、特売モデルの根幹です。
4. まとめ買いとメーカー協力
また、利益確保には以下の要素も加わります。
- まとめ買い効果: 特売が来店頻度を高め、結果的に買い物かごの単価も増加させます。特売品をきっかけに、顧客がその店で全てを揃える傾向が強まることで、収益が上がります。
- メーカーとの協力: 特売はスーパー単独の取り組みではなく、メーカーや卸が販促費を一部負担する場合があります。新商品の認知度向上やシェア拡大を狙って、メーカー側がスーパーの特売に協力することも少なくありません。これにより、スーパーは仕入れ価格の負担を軽減できるため、赤字リスクを抑えつつ特売を実施できるのです。
特売戦略のリスクと対策
特売戦略は有効な集客手段ですが、リスクがないわけではありません。
5. リスク:チェリーピッカーの存在
特売モデルの最大の弱点は、「チェリーピッカー(Cherry Picker)」と呼ばれる顧客の存在です。
チェリーピッカーとは、文字通り「美味しいところだけをつまみ食いする人」という意味で、特売品だけを買い、他の商品は一切購入しない顧客を指します。彼らは複数の店舗を回り、常に最安値の特売品だけを狙って購入します。
チェリーピッカーばかりが増えてしまうと、特売品の売上だけが伸び、「ついで買い」による利益吸収が働かないため、お店は本当に赤字になってしまいます。
6. 対策:リピーター化を促す仕組み
企業はチェリーピッカーの存在を承知しつつ、以下のような対策を講じています。
- 購入制限: 卵や牛乳などの特売品に「お一人様一点限り」といった購入制限を設けることで、大量購入を防ぎ、幅広い顧客の来店を促します。
- ポイント・会員制度: 特売以外の購入も含めてポイントが付与される仕組みや、会員限定の特典を設けます。これにより、「特売でなくてもこの店に来る方が得だ」というメリットを高め、優良なリピーター化を促します。
- 品揃えと質: 特売品で来店した顧客に、他店にはない魅力的な商品や、質の高い生鮮品を提供することで、「単に安いだけでなく、良いものが手に入る店」という評価を確立させ、次回の来店につなげます。
つまり、特売はあくまで最初の「接点」であり、本当の戦略は「特売をきっかけに優良なリピーターを育成し、店舗のファンになってもらうこと」にあるのです。
特売と対照的な「EDLP戦略」
特売を通じて集客を図る、特定の期間に価格を上下させる伝統的な戦略は、「ハイ・ロー・プライシング(High-Low Pricing)」戦略とも呼ばれます。
これに対して、常に低価格で商品を販売する「EDLP(Everyday Low Price)」戦略という対照的なビジネスモデルも存在します。(例:ウォルマートなど)
EDLP戦略を掲げる店舗は、特売のためのチラシ作成や広告費といった販促コストを抑え、その分を商品の常時低価格化に還元します。
EDLP戦略のメリットは以下の通りです。
- 消費者にとっての安心感: 「いつ行っても安い」という信頼感が、固定客の獲得につながります。
- 店舗側のコスト削減: 特売のための労力や広告費が削減できます。
- 在庫管理の安定: 価格変動が少ないため、売上予測が立てやすく、適正在庫を維持しやすくなります。
特売戦略(ハイ・ロー・プライシング)とEDLP戦略は、それぞれ異なるアプローチで「低価格」を訴求し、顧客の囲い込みを図っているのです。
まとめ:特売は「戦略的な投資」である
「特売品は赤字じゃないの?」という素朴な疑問の答えは、「場合によっては赤字になる可能性はあるが、全体で見れば黒字になるよう戦略的に設計されている」です。
スーパーは特売によってお客さんを呼び込み、「ついで買い」を誘発し、結果的に全体の利益を高めています。特売品は、お店の利益を削るコストではなく、未来の利益を生み出すための戦略的な「投資」として機能しているのです。
次にスーパーで特売品を見かけたら、「これはお店の作戦なんだな」と少し裏側を想像しながら買い物をしてみると、いつもの買い物がまた違った視点で楽しめるかもしれません。


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