小売業界の巨頭であるイオン株式会社は、持続的な成長と企業価値向上を目指し、「アジアシフト」「大都市シフト」「シニアシフト」「デジタルシフト」という4つの成長戦略を掲げてきました。さらに、2021年から2025年度までを対象とする現行の中期経営計画では、これらをさらに加速させる「5つの変革」を推進しています 。
本稿では、この中期経営計画が設定された背景と目標に対し、2025年2月期までの実績(2021年2月期〜2025年2月期)を分析し、イオンが直面している課題と今後の展望を考察します。
1. 中期経営計画(2021-2025年度)の核となる「5つの変革」

イオンは、新型コロナウイルス感染症による生活様式の変化や、社会構造の変化(人口動態、技術革新、環境意識の高まり)を「飛躍的成長の好機」と捉え、以下の5つの変革を共通戦略として掲げています
- デジタルシフトの加速と進化: オンラインとオフライン(OMO)の融合、顧客データ活用、AI導入による生産性向上。
- サプライチェーン発想での独自価値の創造: プライベートブランド(PB)「トップバリュ」の強化、サプライチェーン効率化によるコスト競争力強化。
- 新たな時代に対応したヘルス&ウエルネスの進化: ドラッグストア事業を核とした地域社会の健康サポート体制の構築。
- イオン生活圏の創造: 地域ニーズに応じた多角的な事業展開と金融包摂を含む生活密着型サービスの提供。
- アジアシフトの更なる加速: ベトナムを最重要国とするアジア市場での出店と事業拡大。
これらの変革を通じて、イオンはグループの事業構造を大きく変革し、高い収益性を実現する企業グループへの変貌を目指しています
2. 過去5年間の連結業績推移と分析

2021年2月期 (コロナ禍直撃)
- 営業利益・経常利益は大幅減益となり、親会社株主に帰属する当期純損失710億円を計上しました
- これは、新型コロナウイルス感染症に伴う店舗の一時休業、営業時間短縮、そしてテナントへの賃料減免などが主因です 。
2022年2月期 (黒字回復と構造改革の成果)
- 営業収益は過去最高を更新し、純利益も65億円の黒字に回復しました 。
- SM事業・ヘルス&ウエルネス事業の増収増益に加え、GMS事業でのネットスーパーの強化、AI活用・在庫削減による荒利益率の改善など、構造改革の成果が表れ始めました
2023年2月期 (増収増益基調の確立)
- 営業収益・営業利益・経常利益はすべて過去最高を更新し、純利益は214億円と大きく伸長しました
- ディベロッパー事業や国際事業の回復に加え、GMS事業の黒字転換が注目されます 。プライベートブランド「トップバリュ」の拡大とDX推進が収益改善を牽引しました
2024年2月期 (過去最高益と収益性の拡大)
- 営業収益、営業利益、経常利益は全て過去最高を更新し、純利益は447億円と前年比109.0%増を達成しました
- 社会経済活動の正常化が進み、ディベロッパー事業、サービス・専門店事業が大きく回復 。小売事業でもPB戦略とDXによる生産性向上が奏功し、増益を実現しました 。
2025年2月期 (売上最高更新も利益は足踏み)
- 営業収益は初の10兆円超えで過去最高を更新
- しかし、営業利益・経常利益は前年比で減益となりました GMS、SM、DS、ヘルス&ウエルネス、国際事業といった小売事業が減益となり、高利回りの営業債権が増加した総合金融事業と、賃料収入が増加したディベロッパー事業が増益を牽引する結果となりました
- 国内ではインフレ下の節約志向と高付加価値消費の二極化が継続し、コスト高(人件費、電気代など)の影響が利益を圧迫しました
3. 中期経営計画達成に向けた分析と課題
2025年2月期までの実績を見ると、イオンは中期経営計画の目標に向け、明確な成果と同時に大きな課題も見せています。
実現した成果


デジタルシフトとサプライチェーンの進化: 「Green Beans」のサービスエリア拡大や「iAEON」会員数の増加、AIを活用した「AIカカク」「AIオーダー」の導入など、デジタル戦略は着実に進展しています PB「トップバリュ」も売上構成比の拡大に注力しており、サプライチェーンの効率化が進んでいます

事業構造改革の加速: GMS事業の黒字化や、SM事業におけるフジとMV西日本の合併(2024年3月)、いなげやの連結子会社化(2023年11月)、そしてツルハホールディングスとの経営統合に向けた協議(2024年2月)など、リージョナルシフトとヘルス&ウエルネスの進化を体現する大胆な事業再編を次々と実行しました。

アジアシフトの加速: ベトナムでのGMS、イオンモール出店加速に加え、金融事業でもデジタルバンク開業など、最重要市場での基盤強化が図られています
浮き彫りになった課題
コスト増と利益率の改善: 2025年2月期は売上が過去最高ながら減益となり、小売事業の収益性がコスト上昇圧力に耐えきれていない実態が浮き彫りになりました 。これは、賃上げやエネルギーコストの高騰といった外部環境に加え、デジタル・サプライチェーンへの先行投資負担が継続しているためと考えられます。
国内小売事業の再強化: 減益の要因となった国内GMS、SM事業においては、M&Aによる規模拡大だけでなく、デジタル化による抜本的な生産性向上と、PB戦略による顧客支持獲得をさらに徹底し、利益創出能力を高める必要があります
国際事業の不安定さ: 国際事業も2024年2月期・2025年2月期ともに減益となっており 、各国のマクロ経済環境悪化や競争激化といった外的要因への耐性を高めることが急務です
4. 今後の展望
イオンは、2026年2月期に向けて営業収益、営業利益、経常利益すべてで過去最高を目指すとしています
この目標達成の鍵は、以下のアクションを計画通りに、かつ迅速に実行できるかにかかっています。
デジタル・インフラの「集中と深化」: イオンモール、イオンディライトの完全子会社化(2025年2月公表)は、プラットフォーム(モール)とインフラ(ファシリティ)を統合し、グループ全体のDXを加速させ、コスト削減を徹底するための重要な一手です
ヘルス&ウエルネス領域の「圧倒的規模の追求」: ツルハホールディングスとの統合協議が成功すれば、アジア最大規模のドラッグストア連合体が誕生し、この領域の収益力を一気に高める可能性があります 。
PB戦略の徹底: インフレ下の節約志向に対応するため、「トップバリュ」の競争優位性をさらに強化し、顧客に選ばれ続ける商品開発と価格戦略の徹底が求められます
中期経営計画の最終年度に向けて、イオンは過去にないスピードで事業変革を進めています。先行投資の負担、コスト高、競争激化という三重苦を乗り越え、「10兆円企業」の次の成長モデルを確立できるか、その真価が問われる局面を迎えています。


コメント