人口減少時代になぜスーパーは出店を続けるのか?

企業分析

日本の人口減少は、今や避けて通れない社会課題です。小売業にとって「立地」が命だとすれば、出店を控えるのが常識に思えます。しかし、現実には多くのスーパーマーケット(SM)チェーンが、まるで逆行するかのように新規出店を続けています。

この一見矛盾した動きの裏には、「市場の奪い合い」「都市部を含む新たな顧客ニーズへの適応」という、この厳しい時代を生き抜くためのしたたかな戦略があります。これは、単なる拡大路線ではなく、業界全体が直面する構造的な変化と、「勝者総取り」を目指す競争の結果なのです。

本稿では、人口減少下にもかかわらずスーパーが出店を続ける具体的な根拠を、裏付けとなるデータと企業の戦略から徹底的に解説します。

1. 人口が減っても市場規模は安定:「残存者利益」の獲得

まず知っておきたいのは、人口が減少していてもスーパーマーケット業界の総販売額は比較的安定して推移しているという事実です。

スーパーマーケットの年間販売額は統計上、過去10年で右肩上がりに推移しています。
しかし、それは「名目ベースの数字」であり、実際に購入されている数量ベースではむしろ縮小傾向にあります。

つまり、売上が増えているのは値上げ要因が大きく消費量そのものは伸びていないのです。

以下の図が示すように、名目販売額(青線)は物価上昇によって上昇している一方、実質販売量(赤線)は横ばいから微減にとどまっています。

品需要と内食化の追い風

経済産業省の商業動態統計調査や、全国スーパーマーケット協会のデータ(2024年版スーパーマーケット白書など)を参照すると、スーパーの総販売額は近年、横ばいまたは物価上昇の影響もあって微増傾向にあります(出典1, 2)。食料品や日用品の需要自体は底堅く、また、節約志向から外食を控えて家で食事をする「内食(うちしょく)」需要が高まっていることも追い風となっています。

【スーパーマーケット業界 年間販売額推移】

1-2. 競合撤退後の「需要吸収」戦略

人口減少が進む地域では、体力の弱い地場の小売店や、かつての大型総合スーパー(GMS)などが不採算から閉店・撤退するケースが増えます。ここで、体力のある大手・中堅チェーンがその跡地や近隣に新規出店することで、それまで分散していた地域の需要を総取り(需要吸収)しようとします。

この戦略は残存者利益と呼ばれます。競争相手が減った市場で一人勝ちを目指す戦術であり、 人口減少や収益悪化事業戦略の転換を理由に、広域の集客力を持っていた大型店(GMS)が地域から撤退し、勢いのある会社が新規出店し拡大を図ります

2. 競争優位性を高める「ドミナント戦略」の強化

新規出店は、単に店舗数を増やすだけでなく、特定の地域内での市場支配力(シェア)を徹底的に高めるためのドミナント戦略を強化する手段です。

ある地域に集中的に出店することで、商品の仕入れや物流、販促活動の効率が劇的に向上します。物流コストの削減や、地域住民へのブランド認知度向上・ロイヤルティ(忠誠心)の確立に繋がり、結果的に地域内での競合他社を圧倒することが可能になります。

この戦略を巧みに展開しているのが、関東地方を中心に圧倒的な支持を得ているヤオコーや、首都圏に集中出店しているライフコーポレーションなどです。彼らは、集中出店による効率化と、地域に合わせたきめ細やかな品揃えを両立させています。

3. 高齢化に対応する「小型化・分散化」戦略

人口減少・高齢化の時代、スーパーの出店戦略「大型店を郊外に」から「小型店を生活圏の近くに」へと大きくシフトしています。この戦略は、地方だけでなく都市部の高齢者問題にも深く関わっています。

3-1. 都市部で深刻化する「買い物難民」問題への対応

「買い物難民」の問題は、もはや地方の過疎地に限りません。都市部であっても、昔ながらの商店街の衰退や、高齢による運動機能の低下、車の運転からの引退(免許返納)により、自宅から数百メートル先のスーパーに行くことさえ困難な高齢者が増えています(出典3, 4)。

農林水産省や総務省の調査でも、都市部における食料品アクセス問題の深刻化が指摘されています。特に、都心周辺の大規模団地ニュータウンでは、住民が一斉に高齢化し、地域全体が深刻な買い物困難エリアと化しています(出典5)。

3-2. 小型フォーマットによる「生活インフラ」化

この都市型のニーズに対応しているのが、イオングループが展開する小型食品スーパー「まいばすけっと」の戦略です。

小型店徒歩圏内(半径300m)での出店を基本とし、ドミナント戦略を展開。重い荷物を持たずに済み、短い距離で毎日の買い物を完結できる。品揃え生鮮食品惣菜(中食)に特化。高齢者が特に必要とする新鮮な食材を、店内で長時間歩き回る負担なく手に入れられる。

「まいばすけっと」は、車を運転しない高齢者層が「毎日、徒歩で、無理なく」食料品を調達できる「生活のインフラ」として、都市部の高齢化エリアをターゲットに集中出店を進めているのです。

コンビニのような小さい面積で小さなスーパーとして出店をどんどんと加速させています

4. 新たな需要への対応と業界の構造改革

4-1. 「中食」・「個食」ニーズへの積極投資

共働き世帯の増加(出典6)や単身高齢世帯の増加(出典3)に伴い、家庭で調理済みの惣菜や弁当(中食)の需要が爆発的に伸びています。各社は、惣菜カテゴリーを最大の成長分野と捉え、その調理・販売に適した売り場面積やレイアウトを持つ新店舗を出店することで、客単価の上昇と他社との差別化を図っています(出典2)。これは、従来の「生鮮三品」に加え、「惣菜」がスーパーの新たな競争軸となったことを意味します。

家計調査に基づく中食比率(調理食品÷食料×100)の推移2000–2006年=二人以上の世帯、2007年以降=総世帯の連結系列。出所:総務省 統計局「家計調査 長期時系列(家計収支編)」表2・表5。筆者作成。

4-2. ネットスーパーとの連携(OMO戦略)のインフラ強化

新規出店した店舗は、リアルの購買の場としてだけでなく、ネットスーパーの配送拠点(デリバリー用の在庫を置く「ダークストア」的な役割)としても活用されます。

店舗網の拡大は、Online Merges with Offline(オンラインとオフラインの融合)戦略を支えるインフラ強化であり、特にイオンセブン&アイ・ホールディングスといった大手が、ネットスーパー事業の配送エリアを拡大するために店舗網の整備を進めています

4-3. 業界再編と「規模の経済」の追求

人口減少は、業界の「弱肉強食」を加速させ、再編を促しています。資金力のある大手チェーンは、経営が悪化した中小スーパーをM&A(合併・買収)で傘下に収め、一気に店舗網と顧客を確保しています。

これにより、メーカーや卸売業者に対する仕入れ交渉力が強くなり、システム投資や人件費などの固定費負担を全店舗で分担できるため、一店舗あたりのコストが下がります。この「規模の経済(スケールメリット)」を追求することが、物価高騰時代における価格競争力を維持する鍵となるため、大手は出店・再編を止められないのです。

まとめ:人口減少は「淘汰」と「進化」のチャンス

人口減少というマクロな逆風下にもかかわらず、スーパーマーケットが出店を続けるのは、単なる無謀な拡大ではなく、競争環境の変化に合わせた合理的で、生き残りへの強い意志に基づいています。

  1. 市場再編の波: 競合撤退後の需要吸収(残存者利益)と、ドミナント戦略による地域シェアの独占。
  2. ニーズの多様化: 中食需要の増加と、都市部を含む高齢者の「近さ」ニーズへの小型店での対応。
  3. 効率の追求: ネットスーパーのインフラ化と、M&Aによる規模の経済の追求。

日本のスーパーマーケット業界は今、まさに「競争による淘汰」「市場の変化への適応」の只中にいます。新規出店は、その激しい競争を勝ち抜き、「次世代の勝ち組」となるための、最も重要な「攻め」の投資なのです。

GMSのように時代と合わない業態が崩れ、人口減の中でも現代に合う業態がどんどんと勢いを増して出店が加速し生き残りをかけた戦いが繰り広げられています

出典・参考文献

  1. 経済産業省:『商業動態統計調査』(各年)
  2. 一般社団法人全国スーパーマーケット協会:『2024年版スーパーマーケット白書』
  3. 内閣府:『高齢社会白書』(各年)
  4. 農林水産省:『食料品アクセス(買物困難者等)問題ポータルサイト』
  5. 総務省:『買物弱者対策に関する実態調査 結果報告書』
  6. 厚生労働省/総務省:『国民生活基礎調査』/『労働力調査』(共働き世帯の推移に関するデータ)
  7. 総務省 統計局『家計調査 長期時系列(家計収支編)』表2:二人以上の世帯(年・用途分類・支出金額)表5:総世帯(年・用途分類・支出金額)。2000–2024年。(データを基に筆者計算) 最終閲覧:2025年10月7日。

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